ラオス織り物の旅〜南部編〜Vol.1 チャンパサック


こんにちは。日本は5月の連休が明けて2週間が経とうとしていますが、みなさん連休はどのように過ごしましたか?今回は久々に外出制限のかからない連休ということで、帰省や旅行をされた方も多いのではないでしょうか。

さて、そんな中で今回は新シリーズ「織り物の旅」をお届けします。これまでに「見てみたい」、「行ってみたい」と、お声が多かったラオス織り物の旅。なかなか海外旅行が出来ない今、ぜひ私たちの「織り物の旅」とともにラオスの旅行気分を味わってください。

首都ビエンチャンからチャンパサックへ向かう飛行機

 

今回の旅のきっかけ

ラオスの織り物といえば、ルアンパバーンに代表される北部が有名なイメージですが、実は南部にも美しい織り物がたくさんあるんです。ちょっとマイナーな、でもとても美しくてユニークな南部の織り物をぜひ多くの方に知っていただきたく、今回南部4県へ向けて改めて旅に出ました。南部4県とは、サラワン、セコン、チャンパサック、アタプー。中には「どうしてそんなところへ行くんだ?」とラオスの人々から言われる県も。さらに今回は中心部ではなく、主に中心部から離れた村を訪れました。南部での楽しくて素敵な出会いをお楽しみください。

 

旅のはじまりは南部最大の街チャンパサック

チャンパサックの街並み

ラオスで首都ビエンチャンの次に大きい街チャンパサック。中心都市パクセーは舗装された大きな道路が走り、ラオスでは珍しく快適に移動することが出来る地域です。首都のビエンチャンからは飛行機で1.5時間、もしくはバスで10時間。ラオスでの長距離陸路移動は、道が悪いためあまりおすすめしないのですが、南部に関しては道路が綺麗なので陸路移動がお好きな方はぜひ。チャンパサックはタイ、カンボジア、ベトナムと近いため、昔から商業の街として栄えていました。今でも周辺国との物流が盛んで、首都では見られないものがチャンパサックでは手に入るということもしばしば。また世界遺産に登録されている「ワットプー遺跡」があるので、ラオスの有名な観光地でもあります。そしてご存知の方も多いかもしれませんが、チャンパサックはコーヒーが有名。中心部から約50km離れたところにパクソンという農園地帯が広がり、そこではラオスを代表するコーヒー豆の収穫が行われています。ラオスは実はコーヒーも有名なんですが、そのお話は長くなってしまうのでまた次の機会にでも。そんな南部の大きな街チャンパサックから織り物の旅は始まります。

 

チャンパサックの織り物の現状

今回の織り物をめぐる旅、実はあてもなく移動をしているわけではありません。文化保護や産業発展の観点から一部ラオス政府と協同で動いており、現地をよく知るラオス人スタッフ(日本で言う公務員にあたります)が織り物の生産地を案内してくれます。とはいえ、彼らは織り物のプロではないため場所を案内してくれるのみ。そこから先については、自分たちで開拓し、同行してくれているラオス人も共に学ぶ、そんなスタイルです。

さて、「チャンパサックの織り物」と聞いてどんな織り物か、すぐに思い浮かぶ人はラオスの中でもほとんどいないと言います。チャンパサックに住む人に聞いても答えは返ってきません。そのくらい特徴がないと言えるのかもしれません。昔はどの地域にもオリジナルの織り物が存在したのですが、現在は織り物の生産者数は下降をたどる一方です。その大きな理由としては、織り物以外に儲かる仕事が増えたこと、国内外の移動が簡単になったこと、安価な衣服がラオス国内に入ってきたことなどなど。これはラオスだけでなく、日本や他の国でも同じ現状ですよね。今チャンパサックで織り物を営む人々はいわゆる「売れるもの」を作るため、昔の伝統を引き継いだ織り物になかなかお目にかかれないのが現状です。

 

チャンパサックの織り物コレクターとの出会い

チャンパサックのオリジナルの織り物を探していると、伝統を守りたいという一心で織り物に携わっている方に出会いました。このままチャンパサックの織り物がなくなる前に、ラオスの昔の織り物がなくなる前に、貴重な織り物たちを保護していかなければと、個人で集めているそうです。大変ありがたいことに、実際にお持ちの織り物を拝見させてもらえることに。その中からとっておきをご紹介します。

 

チャンパサックの織り物1 王国時代の織り物

チャンパサックは昔まだラオスという国が出来る前の18世紀から20世紀にかけて、チャンパサック王国として栄えていました。ラオスの歴史のお話をすると、これまた長くなってしまうので今度ゆっくりすることにして、まずはこちらの織り物のご紹介から。Instagramで以前ご紹介しましたが、今回さらに詳しくお話させてください。

チャンパサック王国時代から引き継がれている手織り布です。細いストライプ柄の部分には、よく見ると細かい絣織りが盛り込まれており、とても繊細な作品。この織り物は「オークパンサー」というイベントをモチーフに織られました。オークパンサーとは、ラオスの僧侶たちの修行明けをお祝いするイベント。毎年10月の中旬に各地域で行われ、修行明けとともに雨季の終わりであることも意味しています。その時期は一週間ほど街がランタンで装飾されとても華やかです。そんなオークパンサーをイメージして織られた織り物。オークパンサーの装飾をモチーフにしていたり、あるいは神話のようなものを表していたり、細かい芸が細部に施されています。例えばこの細いストライプの絣部分は、メコン川の流れをイメージしており、さらにその中には神話に登場する「僧侶になりたかった水の神様ナーガ」が表現されています。他にも、オークパンサーの際に使われる伝統的なオブジェや雨季に咲く花も織り込まれています。

絣部分拡大

 

チャンパサックの織り物2 王様の織り物?

こちらも王国時代からの織り物。たくさんの馬の柄が織り込まれています。ラオスで馬の柄を目にしたのは私たちにとってこれが初めてでした。お話を伺ってみると、昔は馬は権威の象徴とされていたそう。ラオスに王様がいた王国時代、馬に乗ることが出来るのは王様だけでした。この柄の馬の上に人が乗っているのが見えますか?こちらの織り物の誕生説はいくつかあり、馬に乗って戦に向かう王様の姿を見た織り子さんが感銘を受けた、王様が威厳を示すために織り子に織らせた、などと言い伝えられています。

さらに、一見黄色に見える色には実は金色の糸が使われています。ラオスのお寺の多くにキラキラした金色が施されているのですが、やはり金色は昔からラオスにとって権威を表す色だったことがわかります。この織り物はラオスの中でもいわゆるアンティーク布に当たります。巡り巡って今の持ち主にたどり着いたため、当時の本当の持ち主やその誕生の真実など、わからないことだらけだそうです。もしかしたら王様が持っていた織り物かもしれません…!わからないことが多いからこそ、想像を膨らませるのがアンティーク布の楽しみ方の一つかもしれません。

馬の織柄拡大

 

今回はチャンパサックの旅の様子とそこで出会った素敵な織り物をご紹介しました。チャンパサックの織り物は色合いが今のラオスのものとは違って、どこかカンボジアをイメージさせる、それが私たちの第一印象でした。カンボジアの9割を占める民族クメール人との深い歴史があるからかもしれません。クメール人が築いた遺跡が多く残っていることからも、大きく影響を受けていたのでしょう。歴史と繋ぎ合わせるとさらにおもしろいですよね。

 

さて、次回はさらに南部に向かいラオス最南部アタプーでの様子をお届けします。どんな人たちと出会い、どんな織物と出会うのか、ぜひお楽しみに。