前回好評をいただきました南部織り物の旅、今回は第2弾です。(旅の経緯や第1弾の旅の様子はこちらから)
今回はチャンパサックから南部へ下り、アタプーへ向かいます。アタプー、さてどんな街なのでしょう。アタプーの人々や織り物との出会いをぜひ一緒にお楽しみください。
アタプーの事前情報
ラオス最南部のアタプー、ご存知の方がどのくらいいらっしゃるでしょうか。実は私たちも今回が初めての訪問でした。さて、まずは事前の情報収集。アタプーは人口約13万人とラオスの中でも小さな街です。どうやって行くのか、どのような街なのか、チャンパサックにて地元の人々に尋ねます。するとみんな口を揃えて「アタプーには何もないよ。なぜアタプーに行くんだ?」と言うのです(笑)。あちこちで尋ねてみましたが、街の事前情報は「何もない」に限ります。お隣の街なのに、チャンパサックの人々はアタプーに行くことはほとんどないようです。到着後の移動など細かい情報は得られないまま、ひとまずアタプー行きのバスへ乗ろうと考えていたところ、チャンパサックでいつもお世話になっている友人がアタプーまで車で乗せていってくれることに。ありがたい…!お言葉に甘えて、友人の車に乗って南へ向けて出発。ラオスはもともと「何もない国」と言われているんですが、そんなラオス人たちが口を揃えて「何もない」と言うアタプー。どんな街なのかワクワクです(笑)。
アタプーの街中に到着!
さて、チャンパサックから車で進むこと約3時間、アタプーに到着しました。友人の話によるとバスも毎日出ていて約4時間かかるとのこと。今後のためにちゃんと公共交通機関で行けることも確認済みです。宿を見つけて降ろしてもらい、友人とはここでお別れ。本当に送るだけのためにわざわざ車を出してくれました。このご恩はまた近いうちに必ず…!
宿に着くなり早速街の散策へ出発。街の中心部は一通り歩いて見て回るには大きく、道もとても綺麗に整備されていて、車線も広い。道路だけ見るとまるで首都ビエンチャンのよう。事前情報から想像していた街並みとはかけ離れていて正直驚きでした。しかし街を歩いていると、お店がぽつぽつ、車も人も少なく、片側二車線の綺麗な道路がとても贅沢な使われ方をしていました。みんなが言っていた「何もない」とはこういうこと…?広い道をひたすら歩く、なんだか貴重な経験でした。
アタプー街の中心部
翌日、今回お世話になる事務所へとご挨拶に。すると、織り子さん訪問の日程調整に少し時間がかかるとのことでそれまで待つことに。ひとまず訪問できる織り子さんがアタプーにいるということに一安心です。事務所に伺ったこの日は金曜日。ラオスでは金曜日の午後は「小さな土曜日」と呼ばれるほど働きません(とっても羨ましい文化)。週末はもちろん休日なので、このアタプーの街で丸三日待つことになりました。
アタプーの織り物を見つけられるのか…?
アタプーの織り物、こちらも前回のチャンパサックに続き有名な織り物の柄や民族はおらず、インターネットや書籍を探しても見当たりません。南部は昔から商業が盛んな街。手間ひまかかる織り物を早々とやめて、より収入の得られる商売に移行したという話を以前聞いたことがあります。そのため、北部では「おばあちゃんやお母さんが織り子をしていた」という話を聞くことは多いものの、南部ではそもそも織り物に携わる人が少ないのが現状です。アタプーに地域特有の織り柄や民族衣装などが果たして存在するのだろうか。「もしかしたらこれまで誰も出会ったことのない民族や織り物に出会えるかもしれない…!」と夢を抱く一方で、「もしかしたらまったく織り物に出会えない可能性もあるだろうな」と、事前情報の少なさに半ばそんな覚悟でアタプーへと踏み入れました。
アタプーに到着してから待つこと5日、ようやく調整が終わり織り子さんを訪問できることに。それでは、アタプーで出会った貴重な織り物たちをご紹介していきます。
大興奮!南部の少数民族「トリアン族」との出会い
アタプーで織り物をしているのは「トリアン族」という少数民族の方々。市街地から40kmほど行った村に住んでいます。私たちは初めてお会いする民族。ラオスは多民族国家で、50以上もの少数民族が暮らしていると言われています。本当の数はラオス政府でも把握出来ていないほどで、これまでに出会ったことのない少数民族に出会えるのは本当に貴重な機会。同行してくれたラオス人も驚くほど興奮してしまいました(笑)。
トリアン族は南部の山岳民族。昔から山の中で狩りをして暮らしていましたが、1975年にラオス国が誕生したときに今の場所へ移住、そこで何十年も織りを続けています。
ビーズが織り込まれているトリアン族の織り物
こちらは先日Instagramでも紹介したトリアン族の手織り布。結婚式や正月、お祭りのときに身に着けたり、収穫を祝ったりするとても縁起のいい織り物です。この織り物にはビーズが織り込まれています。白い模様部分がビーズ。現在は市販の小さなビーズを使用しているのですが、昔は川で採れる貝殻を使っていました。今ではもう採れないのですが、その当時から織り物に使う貝殻はそんなに大量に手に入るものではなく、たまに採れると幸運とされていました。そしてそれがいつしかお金持ちの象徴になったそうです。トリアン族の男性は川でこの貝殻を採り、奥さんにプレゼント。貰った奥さんが織り物に織り込むことで富のアピールになっていました。また、この一枚の布は大きな水牛一頭と交換されていた時代もあったそうです。当時の貝殻が織り込まれた織り物にいつか出会いたいものです。
伝統と新しいデザインを融合させた織り物
こちらは先ほどとは違う村で出会ったトリアン族の手織り布。同じトリアン族でも織る布のデザインや色が大きく異なります。並んでいる織り物はすべてビーズを織り込まずに同系色を使ったシンプルなもので、この柄は伝統的なものではなく最近のデザインです。色はすべて草木染め。家の裏にある木から採れる木の皮を材料に使っています。デザイン自体は最近のものですが、草木染めの手法は昔から代々この家に伝わるものだそうです。こうして形を変えながらも伝統が受け継がれているのがとても魅力的ですよね。心温まる作品との出会いでした。
「何もない」と言われているアタプー。実際に訪れてみると貴重な織り物や民族との出会いがあり、なんだかお宝を見つけた気持ちでした。少数民族が暮らしていることや独特な織り物が存在することは、地元の人々からしたら日常なのかもしれませんね。実はアタプーで織り物をしているのは、今回ご紹介したトリアン族だけではないのです。以前は他にも織り物を生業とする少数民族がいたのですが、新型コロナウイルスによる影響で織り物が全く売れなくなり故郷である山へ帰ってしまったらしいです。またいつかお会いできる日が来ることを切に願っています。そんなまだまだお宝が眠っていそうな街アタプーから今回はお届けしました。次回はちょっと北部へ上り、セコンの旅をお届けします。